「若気の過ち」で許せるもの、許されないもの


 まちがっても、君は、君の部屋を掃除してくれるサボイ人や靴を磨いて
くれる使用人より、生まれながらにして優れているなどとは思っていない
だろうね。

 天が君に授けてくれた幸運に、感謝するのはいい。けれど、不幸な星の
もとに生まれてしまった人たちを馬鹿にしたり、不必要なことを言って、
かれらの不運を思い起こさせるようなことはしてはいけないよ。

 私など、自分と対等の人に対する以上に、身分や地位の低い人の態度
には、気を遣っている。それは、その人の努力や実力云々とはほとんど
無関係に、単なる運命のめぐり合わせだけで決定された、身分や地位の
ちがいをことさら意識させて、つまらぬ自尊心を満足させているように
思われたくないからだ。

 ところが、若者たちは、とかくそこまで気が回らないものだ。命令的な
態度や、権威をかさに着たもの言いが、勇気ある者、気概のある者の証だ
と誤解しがちだ。

 気が回らないのは、注意が足りないせいもあるのだが、一般的には、
気を回そうとしない、傲慢だ、身分が低いと思って馬鹿にしている、と
受け取られてしまうことが多く、そうなったら最後、いつまでも敵意を
抱かれる。もちろん、この件に関して悪いのは若者の方だ。相手を怒ら
せるのも無理はない。

 身分や地位の低い人に気を回さないで、一体どこに注意を向けている
かと言えば、それは一連の知人や、ひときわ目立った人たち—-地位が
高い人、とりわけ美しい人、人格者などだ。そして、それ以外の人には、
注目の値なしとばかりに、ふつうの礼儀すらも欠いてしまう。
 
 実を言うと、私も君の年の頃はまさにそれだった。魅力的な一部の人
の心をつかむことのみ必死で、あとの人は雑魚、一般的な礼儀すらも必
要ないと考えていた。だから、閣僚や知識人や飛び抜けた美人など、華
やかで目だった人物にばかりひたすら礼を尽くし、無思慮にも、そして
愚かにも、ほかの人には全く礼を欠いて、その人たち全員を怒らせてしまった。

 この愚行の結果、私は、男性にも女性にもたくさんの敵をつくってしま
った。雑魚だと思っていたかれらが、私が一番評判を得たいと思った場所
で、決定的に私の評判を引きずり下したのだった。私は傲慢だと思われた
のだ。でも、ほんとうは分別が足りなかっただけだったのだ。

 古い格言がある。人心をつかむ王こそ、一番安泰で権力を持ち続けら
れる王だ、というものだ。家臣に好かれることはどんな武器より強い、
家臣の忠誠が欲しかったら、恐れられるより好かれろ、ということだ。
同じことが、位の低い我々についても言える。人の心をつかむ術を知っ
ているということは、何にもまして強い力を持っているということなのだ。