とりあえず「聴き手は何を望んでいるか」を最優先する


 人を制するには、過大評価しないことが大切だと言ったことがあると
思うが、スピーチで聴衆を喜ばせるにも、聴衆を過大評価しないことが
大切だ。私も初めて上院議員になった時は、議会が尊敬に値する人ばか
りの集まりのような気がして、ある種の威圧感を感じたものだ。けれども
それも、議会の実情を知るとすぐに消えてしまった。

 私にはわかったのだ。五百六十人の議員のうち、思慮分別のある人間
はせいぜい三十人かそこらで、あとはほとんど凡人に近いということが。
そして、品位あふれる言葉に飾られた、内容の濃いスピーチを求めている
のは、その三十人程度の人間だけで、あとの議員たちは、内容はどうあれ、
耳に心地良いスピーチさえ聞ければ満足するのだということが。

 それがわかってからは、スピーチする度に緊張も少なくなり、最後
には聴衆を全く気にせずに、話の内容と話術にのみ集中できるように
なった。うぬぼれて言うわけではないが、ある程度内容をともなった
話ができるくらいの良識を、自分は備えていると思い始めたのだ。
 
 雄弁家は、器用な靴職人と似ているのではないだろうか。どちらも
いかに相手—- 聴衆、顧客に合わせるかをつかめば、あとは機械的
にできる。もし君が聴衆を満足させたかったら、聴衆が喜ぶ方法で
満足させなければならない。スピーチする人は、聴衆のありようまで、
左右できない。ありのままのかれらを受け入れるしかないのだ。そして、
何度も言うようにかれらは、五感や心をとらえるものだけを喜び、
受け入れる。

 ラブレーだって、最初の傑作は誰にも受け入れられなかった。読者
の嗜好に合わせて、「ガルガンチュア物語」や「パンタグリュル物語」
を書いて、初めて読者に気に入られ、喝采を浴びたのだ。