「心で憎みながら、表面はにこやかに」接しなければならないのがこの世の知恵

 一人前の立派な人間がライバルに対して取る態度には、二通りある。
極端に優しくするか、打ちのめしてしまうかだ。

 もし相手が手を替え品を替え、故意に君を侮辱したり軽蔑したりしたら、
迷う事はない、打ちのめしていい。けれど傷つけられた程度なら、表面上
はきわめて礼儀正しく振舞うことだ。その方が相手に対する仕返しにもなり、
おそらく自分のためにもなるだろう。

 これは、相手を欺くことにはならない。君がその人の価値を認め、友だち
になりたいというのなら、卑怯な態度かもしれないが、そんな人とは友だち
にならない方がいいし、私は勧めない。

 公の場で、あからさまに失礼な態度を取る人に丁寧に話をしても、
責められるはずはない。ふつうは、その場を丸く収め、周りにいる人に
嫌な思いをさせないよう努力しているだけだ、というふうに見なされる。
世間には、個人的な好みや嫉妬のために市民の生活を乱してはいけない、と
いった約束事のようなものがあるからだ。それを平気で侵す者は世間の
もの笑いの対象となり、同情されることはない。

 実社会は意地悪、憎しみ、恨み、嫉妬などが渦巻いているところだ。
努力家よりは数は少ないが、実だけを摘み取っていく、ずる賢い人間も
いる。また浮き沈みも激しい。今日浮かんだと思ったら、明日にはもう
沈んでいる。

 こんななかでは、礼儀正しさや物腰の柔らかさなど、実質とはあまり
関係ない装備を身につけなければ、生き残ることは難しい。味方だって、
いつ敵になるかわからないし、敵だって、いつ味方になるかわからない。
だからこそ、心で憎みながら表面はにこやかに接し、愛しながら、慎重
になることが必要なのだ。